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【神楽祈祷日】【初宮詣】三つの御代を生きる家族/【教えるということ】謙虚さこそが

 大変暑い一日でした。昼食時にたまたまテレビを付けたら甲子園で逆転満塁ホームランが出るという、凄い確率で熱い物を見せて貰いました。

 本日は神楽祈祷日ということで、14時のお宮参りでは朝日舞を奉奏致しました。
 来月は9月18日の予定でおります。
 今のところ来月も朝日舞かな?

 さて、当社では初となります令和生まれのお宮参りでした。
 親子だけで昭和・平成・令和生まれがいるという前回の御代替わりではおそらく無かったであろう家族構成がしばらく続くかと思います。
 扇風機を二台投入してのご祈祷、通常よりは多少マシだとは思いますが、お姉ちゃん達はやはり暑かった様子でした。
 少し早いですが、来月こちらのご家族のご祈祷をお伺いしております。この暑さが落ち着いてくれていると良いのですが。

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 本日はようこそお参りでした。
 元気にすくすくと成長されますことをご祈念申し上げます。
 人に教えることを考え続けて、早23年。
 あまり教える機会は無かったのですが、3年ほど前から笛や舞を本格的に教えるようになり、生徒というか弟子というか、私自身がまだまだですのに恐れ多いのですが、そんな感じの方ができてきました。

 23年前、公立高校の受験失敗から全ては始まりました。
 いずれ自分が教えた生徒をこの高校に入れてやる、という、あまりにもどうでも良い野望を抱きました。
 で、とにかく人が教えている様子を観察するようになり、自分ならどう教えるかを考えてきました。

 私がモットーにするのは、『教え子が習得できれば教え子の努力の結果。習得できなければ教える側の力不足』です。
 習得させられないことに申し訳ない気持ちで、だからこそ別の方法はないかを探っていきます。どのベクトルから伝えれば理解して貰えるか。できるようになるか。
 笛に関して云えば、私は本当に音が鳴らず、自分の意思で出せるようになるまでに八年を要しました。その間の試行錯誤があればこそ、引き出しは多いつもりですが、それでも私より上手に笛を教えられる方はいくらでもいらっしゃると思います。
 確かに笛の実力は劣っても、教える力は別物と考え当たって砕けています。

 笛や神楽に限らず、自らが教わったやり方を踏襲する教え方をする方が多くいらっしゃるかと思います。
 中には、自分が身に付けるのにこういう苦労をした。こういうしんどい目にあった。だから同じ思いをしないと身につかないのだという、かなり穿った考え方をされる方もいらっしゃるようです。
 その一番最悪の形が体罰などと称されてマスコミを賑わせているのでしょう。
 教わる側がどんな相手であれ、教えることを任された以上、その失敗は相手ではなく自分の責任であると考えます。そして習得させるために手を替え品を替え持ちうる全ての知識経験を総動員して伝える。それが教えるということと思います。

 どうか、講義に余計な感情を持ち込んだり、怒鳴り散らすことを教えることだと思ったり、覚えないのを覚えない人のせいにする教え方はされませんように。

 因みに、教わる側は教わる側の責任がありますよ。教わる以上、教える人の話を10聞いて1理解するのではなく、10理解し100を身に付けるつもりで教えを乞うことが教えを受ける側に立った際の責任だと思います。なので、私は教わる側に立った際、理解できないのは自分のせい、身についたのは教えた方のおかげと考えます。
 ま、要するに、「謙虚になれ」ということですね。
 この謙虚さこそが日本人の美徳で在り、神道的な考え方かと思うのですよ。
プロフィール

厄除の宮 駒林神社

Author:厄除の宮 駒林神社
兵庫県神戸市長田区駒ヶ林町3-7-3鎮座
由緒正しい厄除の宮「駒林神社」です。

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