伝える事と、理解する事
何度となく触れている話ではありますが、最近特に思うことがあるので、また書かせて頂きます。
人に物事を伝える事。その難しさを私は長年身を持って感じてきました。
その経験から私の考える伝える事に重要な事、それは「冷静さ」です。
決して「勢い」や「情熱」ではありません。
「勢い」とは冷静な判断の上に行う手段であり、
「情熱」とは相手に伝えることそのものです。
「情熱をもって話をすれば人に伝わる」
と言う人もいますが、情熱が空回りして言っていることが理解できなければ、伝えたことにはならないのです。
その会話の流れが勢いを求めているなら、その流れに乗れば良いのであって、その判断をするのはあくまでも「冷静さ」です。
逆に「冷静さ」とは熱くならないこと、ではありません。言葉で人に伝えるなら熱いものを抱きながら極めて冷静に務めることが必要です。
では冷静さとはどうやって得ることが出来るか。
まずは状況を受け入れること。反発しようとするとそれに飲み込まれ自分を見失っていきます。
一番良いのは深呼吸することです。
始まる前に深呼吸をし、呼吸を整え、身も心もリラックスして望む。どんな事に対しても最も有効な手段でしょう。
そしていざ始まれば、リズムを早くしないこと。
ゆったりと話し、相手に自分の呼吸をつかませるつもりで、ゆっくりと話します。
滑舌よく、一音一音を聞き取れるようなスピードがベストでしょう。
自分がゆっくり話しているな、と感じるということは、それだけ余裕があるという証拠で在り、冷静さを保てていると言うことです。
ここまでの下地があって、続いて口で説明するだけでなく動きを加えます。
それは身振り手振りではなく、目の前で白紙の紙を広げ、記していくことで、視覚的にも相手に説明を加えていきます。
あとで「聞いていない」というような話しにならないようにするには、見せて手元に持っておかせることです。それが契約書であったり議事録であったりという「証拠」にもなります。
そして相手が本当に理解しているかどうかを確かめる所までして、初めて「伝えた」と言えます。
これらが途中で終わっている場合、それは「伝えた」ではなく「言った」です。
言っただけでは相手には伝わりません。
相手が理解して初めて伝わったと言います。
伝わるとは、自分の伝えたい意思を相手も共有することをいいます。
震動や波や音や光が伝わる際に、伝わった先で全く違う物にはなりません。
伝えるとは、内容が変わってはいけないのです。
最後の「確認」。それを怠ると後で問題が発生することが多々あります。
まとめると、
1、冷静さ
2、わかりやすさ
3、確認
この三つが必要不可欠です。
最後の確認は大多数相手では簡単な話ではありません。
しかし相手が少数であればあるほど、欠かすことが出来ない要素です。
自分に言い聞かせるつもりで書きました本日の記事。ご意見など頂けましたら幸いです。
【ご祈祷を受けられる方へ】

ご祈祷を受けられます際には、事前にお問合せをお願い致します。
事前連絡なしでお越しになられますと、社務の関係で神主が不在の場合があり、ご奉仕が行えない
場合がございます。
皆様に気持ちよくお参りをして頂くための事とご理解の下さいますよう、よろしくお願い致します。
注 厄除大祭中は随時受付致しておりますのでご連絡は必要ございません。
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人に物事を伝える事。その難しさを私は長年身を持って感じてきました。
その経験から私の考える伝える事に重要な事、それは「冷静さ」です。
決して「勢い」や「情熱」ではありません。
「勢い」とは冷静な判断の上に行う手段であり、
「情熱」とは相手に伝えることそのものです。
「情熱をもって話をすれば人に伝わる」
と言う人もいますが、情熱が空回りして言っていることが理解できなければ、伝えたことにはならないのです。
その会話の流れが勢いを求めているなら、その流れに乗れば良いのであって、その判断をするのはあくまでも「冷静さ」です。
逆に「冷静さ」とは熱くならないこと、ではありません。言葉で人に伝えるなら熱いものを抱きながら極めて冷静に務めることが必要です。
では冷静さとはどうやって得ることが出来るか。
まずは状況を受け入れること。反発しようとするとそれに飲み込まれ自分を見失っていきます。
一番良いのは深呼吸することです。
始まる前に深呼吸をし、呼吸を整え、身も心もリラックスして望む。どんな事に対しても最も有効な手段でしょう。
そしていざ始まれば、リズムを早くしないこと。
ゆったりと話し、相手に自分の呼吸をつかませるつもりで、ゆっくりと話します。
滑舌よく、一音一音を聞き取れるようなスピードがベストでしょう。
自分がゆっくり話しているな、と感じるということは、それだけ余裕があるという証拠で在り、冷静さを保てていると言うことです。
ここまでの下地があって、続いて口で説明するだけでなく動きを加えます。
それは身振り手振りではなく、目の前で白紙の紙を広げ、記していくことで、視覚的にも相手に説明を加えていきます。
あとで「聞いていない」というような話しにならないようにするには、見せて手元に持っておかせることです。それが契約書であったり議事録であったりという「証拠」にもなります。
そして相手が本当に理解しているかどうかを確かめる所までして、初めて「伝えた」と言えます。
これらが途中で終わっている場合、それは「伝えた」ではなく「言った」です。
言っただけでは相手には伝わりません。
相手が理解して初めて伝わったと言います。
伝わるとは、自分の伝えたい意思を相手も共有することをいいます。
震動や波や音や光が伝わる際に、伝わった先で全く違う物にはなりません。
伝えるとは、内容が変わってはいけないのです。
最後の「確認」。それを怠ると後で問題が発生することが多々あります。
まとめると、
1、冷静さ
2、わかりやすさ
3、確認
この三つが必要不可欠です。
最後の確認は大多数相手では簡単な話ではありません。
しかし相手が少数であればあるほど、欠かすことが出来ない要素です。
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