意見発表をしないことは……

 神戸、暑いです。

 伊勢も暑かったですし「熱中症警報」とか出て厳戒態勢が敷かれておりましたが、神戸は湿度が高いのでしょう。発汗量が伊勢に行ってる間より酷いです。
 朝の日供祭を斎行中も、どれだけ汗がこぼれ落ちるのか、恐ろしくなるほどでした。
 体調管理には十分気をつけねばなりません。


 本日は、まずお知らせです。
 tsurugihimikoという名前で駒林神社の職員が新しいブログを始めました。
 本サイトのメニューにもリンクを設置しましたが、コチラからも行けるよう設定致します。
 今後は双方併せてよろしくお願いします。

 「それはブログである。名前は未だない。(コマネギによる仮称)」
(新ブログへはコチラをクリックして下さい)



 鳥居の基礎工事も折り返しと言うべきでしょうか。
 深さ3m強の穴が二つ、大きく掘られました。
 地下水が溜まっていたようですが、それもすぐに無くなるとのこと。
 これからいよいよコンクリートでの基礎造りが始まります。

kiso.jpg


 また本日は鳥居に関することの打合せと、職員会議が濃密に行われました。


 さて、職員会議を行っていて改めて思った事があります。

 私は神社関係を始めいろんな会議に出席させて頂いております。
 特に選出・指名された代表が集まって議案の決議を行う会があり、そこに出ていて常々思っているのは、わざわざ忙しい時間を割いてまで会議に出席するためだけに足を運んでいるのにも関わらず、一言も発言しない、或いは発言を求められても「特にありません」と返事をする、という「勿体なさ」です。

 以前は「何も発言しないなら来なくてもいいだろう。せっかく時間を取って来ているのだから何か発言すべきだ」というのが私の考えでした。
 ですが、しばらくしてからもっと重大なことに気付いたのです。

 発言しない、意見が無い、という本当の意味がどういうことか。
 それは、議題について完全に理解しており、何の不満もなく、この件に関して誰から質問されても問題なく答えられ、後で問題が発見された場合にキチンとした説明ができるということです。

 それだけの覚悟をもって「特にありません」といった答えを返す人がどれだけいるのか。

 意見を発表をしないということは、全てに同意していることと同義なわけです。
 そして本日の職員会議でも意見がなかなか出ない者が極少数おりました。
「理解が追いつかなくて、意見を言う間が無い」との事でしたが、それこそが意見だと思います。

「理解が追いつかないのでもう一度説明をお願いします」
「その部分は○○ということでいいのでしょうか」

 そういった発言がみんなの時間を奪うなどと思ってはいけないと思います。
 その部分を改めて説明されることで、他の人も確認が出来るし、もしかしたら間違った理解をしていたのを修正できるかもしれない。新しい意見が出てくるかもしれない。
 そうして、より良くするための材料が増える可能性が多くなるのではないでしょうか。

 発言しないことは罪ではありません。
 ですが、発言しないことで、理解していないのに理解している体を装えば、大きな失敗に繋がる恐れがあります。

「産みの苦しみ」もみんなで支え合えばきっと和らぐはずです。
 みんなで苦しみを喜びに変えること。
 それこそがチームワークだと思います。


 このチームワークで、次々と待ち構える行事を確実に乗り越えていきましょう!!
プロフィール

厄除の宮 駒林神社

Author:厄除の宮 駒林神社
兵庫県神戸市長田区駒ヶ林町3-7-3鎮座
由緒正しい厄除の宮「駒林神社」です。

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